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大阪高等裁判所 昭和30年(う)1339号 判決

控訴人 被告人 津本竹

弁護人 浅川文哉

検察官 志賀親雄

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、本判決書末尾添付弁護人浅川文哉作成の控訴趣意書記載のとおりである。

原判示事実は、原判示の挙示する証拠によつてこれを認めるに十分である。

所論は要するに、(一)児童福祉法第三十四条第一項第六号にいわゆる「淫行をさせる」とは淫行の教唆すなわち淫行をする意思のない者をして淫行をする決意を生ぜしめる行為であると解するべきであるが、本件の淫行者松田日那子は、被告人の従姉妹津本きりのに対し当初から淫行かせぎの決意のもとに働き場所の世話を頼んだので、右津本きりのは被告人方へ下宿の世話をし、被告人は右松田日那子を下宿させ、サロン・クインこと南新太吉方へ女給として使つてくれるよう頼んだだけであつて、その間同女に対し淫行を勧誘したり強要したことはなく、また、右働き先でいかなることをしていたかは被告人の関知しないところであるから、被告人は同女は淫行をさせたものでない、(二)被告人は右の松田日那子が十八才未満であることを知らなかつたのであるが、被告人は右の児童を使用する者ではないから、同法第六十条第三項の適用はなく、また仮に適用があるとしても、同女は男性を知つており堕胎の経験もあり、身体も大きいので、同女の言うところを信じ十八才以上と思つても決して過失ではない、と主張するのである。

よつて案ずるに、(一)児童福祉法第三十四条第一項第六号にいわゆる「児童に淫行をさせる行為」とは、児童を強制又は勧誘して淫行をさせる場合のみならず、淫行の意思ある児童を自宅に住みこませ、かねてから交渉打合せのあるカフエー・キヤバレー等の飲食業者を通じ席貸業者と連絡して売淫行為をあつ旋する方法によつて児童の淫行を容易ならしめる場合をも包含すると解するべきである。前記の証拠によれば、被告人は、原判示の今里新地において、接客婦を下宿させ、衣裳のない者にはこれを賃貸しかつ下着類等を立替払として供与して服装を調えさせ、これをあらかじめ連絡のある南新太吉の経営するサロン・クインに紹介し、接客婦は同所において客待ちし、直接客との交渉により又は待合(席貸業者)から呼ばれて待合に行つて売淫行為をなし、待合業者から売淫料(花代)を受け取つてそのつど被告人に交付し、被告人は月末において、下宿料名義のもとに金一万円と立替金とを差引いて残余を接客婦に交付し、南新太吉に対しては一定の手数料を支払う方法により営業をしていたこと、被告人は、昭和二十八年七月十六日頃、津本きりのの世話により原判示の児童松田日那子(昭和十三年十一月二十九日生)と安田こと種富美子(昭和十一年九月二十一日生)とを接客婦として自宅に住みこませ、同日右両名を前記のサロン・クンイに連れて行つて経営者南新太吉に紹介し、富美子の方は処女であつたので、適当な水揚客の世話を頼んで連れ帰り、日那子だけを芸名彌生として店に出し、同夜から同月十九日頃までの間前記の方法により同女をして遊客数名を相手に売淫をさせ、そのつど同女から売淫科を受領保管し、その間同女に対しては、着物を貸与し、傘、下駄、ハンドバツグ、シユミーズ、シヤツ等を立替払で買い与えたことを認め得られる。然らば前記児童の売淫行為自体は児童の任意に出たものであつて、被告人においてこれを強制又は勧誘したものではなくても、児童を自己の支配下に置いて児童に淫行の便益を与え、その結果淫行をなすに至らしめたものであるから、児童に淫行をさせる行為をしたものと認めるべきである。

児童福祉法第六十条第三項は、児童と特別の身分関係ある者に児童の年齢を知るべき義務を負わせる趣旨であるから、同項にいわゆる「児童を使用する者」というのは、児童と雇傭契約関係にある者に限らず、児童との身分的若しくは組織的関連において児童の行為を利用し得る地位にある者を指称すると解するべきである。しかして、被告人と本件児童との関係は、前記の証拠により、被告人が児童との間の身分的組織的関係において児童の行為を利用し得る地位にあつたと認めるべきであるから、被告人は同項にいわゆる児童を使用する者に当るのである。そして、所論のように、被告人において同女が十八才未満の児童であることを知らなかつたとしても、児童を使用する者は、自ら戸籍謄抄本、住民登録又は米穀配給通帳等の公信力ある書面の参照その他通常可能な調査方法によつて児童の年齢を確認するべき注意義務を負うているにかかわらず、前記の証拠により、被告人が仲介者津本きりのの言明を軽信して何らの調査をしなかつたことが明らかであるから、被告人は右児童の年齢を知らなかつたことについて過失があると言わなければならない。原判決が被告人に対し児童福祉法第三十四条第一項第六号、第六十条第一項、第三項を適用処断したのは正当であつて、記録を精査しても原判決には所論のような違法はないから、論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条により主文のとおり判決する。

(裁判長判事 松本圭三 判事 山崎薫 判事 辻彦一)

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